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2016年2月 8日 (月)

日々のみことば 2016.2.6

二月六日(土)

民数記十五章二十四節

もし会衆が気づかず、あやまってしたのなら、全会衆は、主へのなだめのかおりのための全焼のいけにえとして、若い雄牛一頭、また、定めにかなう穀物のささげ物と注ぎのささげ物、さらに雄やぎ一頭を罪のためのいけにえとして、ささげなければならない。

 聖書は過ちや罪に対して,几帳面すぎるほどに厳格です。「水に流す」「時が過ぎるのを待つ」ということはありません。それは,紙が聖なるお方であり,正しい基準の義であられる方だからです。けれども,その聖であり,義である神さまは,同時に愛の方でもあられます。それは,今日の箇所にあるように,救済手段を与えてくださるからです。神はただ裁こうとしてられるのではなく,救い出そうとしてくださっています。

祈り 「天の父なる神さま。自分の正しさを示し,人を裁きがちですが,むしろ神さまから赦しと救いをいただけることを覚えさせてください。

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